火星探査機MMXを搭載したH3ロケットが宇宙へ
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2026年10月20日午前4時40分ごろ、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターから、火星衛星探査機「MMX」を搭載したH3ロケット10号機を打ち上げた。発射から約1時間10分後、探査機は第2段ロケットから正常に分離され、火星へ向かう軌道への投入が確認された。
MMXは火星の衛星フォボスを調査し、地表の砂や小石などを採取して地球に運ぶ計画を担う。火星本体を含む火星圏からの試料回収が実現すれば、世界初の成果となる。
今回の打ち上げは、国産大型ロケットH3にとっても重要な節目となった。過去の失敗と開発計画の変更を経て、延期されていた火星探査機の輸送を実現した。
2度の打ち上げ失敗と探査計画の延期までの経緯
MMXは当初、2024年度にH3ロケットで打ち上げられる予定だった。しかし、2023年3月に実施されたH3初号機の打ち上げが失敗し、計画の見直しを迫られた。
地球から火星へ効率よく移動できる時期は、両惑星の位置関係によって制限される。燃料消費を抑えられる打ち上げ機会は約2年ごとに訪れるため、MMXの出発時期は2026年度へ変更された。
さらに、2025年12月にはH3ロケットが再び打ち上げに失敗した。この問題によってMMXの輸送日程にも影響が及ぶ状況となったが、JAXAは約半年で原因を調査し、2026年6月にH3の打ち上げを再開した。
今回の10号機は、こうした経緯を経て火星探査機の輸送を成功させた機体となった。
ロケットと探査機の責任者が成功を受けて会見
打ち上げ後、種子島宇宙センターではH3とMMXのプロジェクト責任者が記者会見を開き、成功までの経緯を説明した。
H3の有田誠プロジェクトマネージャは、探査機の分離を知らせる信号が届いた際、緊張が解け、重い責任から解放されたと振り返った。延期によって当初の予定から2年を要したものの、MMXを宇宙へ送り出す役割を果たせたとの認識を示した。
一方、MMXの川勝康弘プロジェクトマネージャは管制室で打ち上げを見守った。有田氏との継続的な情報共有によってロケット側への信頼を持っていたと説明し、緊張しながらも発射の瞬間を前向きな気持ちで迎えたと語った。
両プロジェクトの責任者は、打ち上げの成功を笑顔で受け止めた。
高い輸送能力を持つ機体で大型探査機を投入
今回使用されたH3ロケット10号機は、補助ロケットブースターを4本備える構成だった。H3の中でも最大の打ち上げ能力を持つ形態で、総重量4480キロのMMXを輸送した。
探査機は高さ5.3メートル、幅9メートルで、開発には553億円が投じられた。製造を担当したのは三菱電機で、機体は往路、探査、復路の3つの部分から構成される。
それぞれの役割を終えると不要な部分を分離し、最終的には帰還に必要な部分だけが地球へ戻る設計となっている。
MMXには計13の観測機器などが搭載され、このうち4つは海外から提供された。日本が主導する月・惑星探査として最大規模の国際共同事業でもある。
打ち上げ成功を経て火星衛星での探査段階へ移行
MMXは2027年8月ごろに火星付近へ到着する予定だ。その後、衛星フォボスの観測や地表調査を進め、2029年ごろに着陸して10グラム以上の試料を採取する。
回収した物質は2031年度に地球へ運ばれる計画で、探査全体には約5年間が設定されている。
フォボスは火星から約6000キロの位置を周回する衛星で、直径は約23キロ。本格的な現地探査が行われていない天体であり、MMXはその形成過程を調べる役割を担う。
H3による輸送が完了したことで、計画はロケットによる打ち上げ段階を終え、火星への航行に移った。今後は探査機の運用を通じて、フォボスへの着陸、試料採取、地球帰還という一連の目標達成に取り組む。
